動き出した米国産生鮮ジャガイモの一般流通解禁協議

日本の食卓になじみ深いジャガイモをめぐり、生産現場と政府の間で緊迫した議論が続いている。2020年、米国政府は日本政府に対し、一般流通用(生鮮用)ジャガイモの輸入解禁を要請した。農林水産省は2026年8月下旬、輸入時に懸念される病害虫のリスク評価を実施した結果、検疫措置に関する協議が必要な21種の病害虫を特定。関係者説明会を明日9月18日、オンラインで開催する。
政府が協議を進める背景には、WTOのSPS協定(衛生植物検疫措置に関する協定)という国際ルールの存在がある。同協定では、各国の衛生・検疫措置を認める一方で、これらの手続きを「不当な遅滞なく完了すること」を義務付けている。科学的なリスク評価の段階に入った後、国内事情だけを理由に手続きを先延ばしにすることは「不当な遅滞」や「科学的根拠なき輸入制限」として国際ルール違反に問われる可能性がある。
一方で、この動きに対して国内の生産現場からは反対の声が上がっている。すでに2006年に解禁されたポテトチップスなどの「加工用」では、指定工場への直接輸送や加熱加工など、厳重な対応がなされてきた。しかし今回協議対象となっているのは、スーパーの青果売場などに並ぶ「一般流通用(生食用)」であり、購入後の取り扱いを含め、病害虫の拡散を防ぐ手立ての確立が極めて困難である。
2026年8月下旬から9月にかけて、JA長崎中央会や全中(全国農業協同組合中央会)、JA北海道中央会などの主要産地団体が農水省へ、輸入解禁に反対する緊急要請を行った。これを受け、鈴木農林水産大臣は「我が国の農業に悪影響を与える病害虫が絶対に侵入しないよう、毅然とした姿勢で慎重に対応する」との方針を示している。
数字で知る国内ジャガイモ生産の現状と構造的課題
今回の輸入問題を評価するには、まず国内におけるジャガイモ生産の構造と現状を知る必要がある。
農林水産省の統計によると、日本のジャガイモ国内需要量は年間約350万トン規模で推移しているのに対し、国内生産量は220万〜240万トン程度。「全食品への原料原産地表示の義務化」に伴い、食品メーカーの間で国産原料を求める志向は高まっているが、国内の増産が追いついていない現状である。その中で、需要と生産のギャップは冷凍フライドポテトなどの輸入加工品で補われているのが実態である。
用途別の需要構成割合は以下の通りだ。
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加工食品用: 約52% でん粉原料用: 約21% 青果用(/家庭・外食用): 約15% 種芋用・その他: 残り ※参考:農林水産省「ばれいしょをめぐる状況について」 |
近年の食生活の変化に伴いポテトチップス等の加工用需要が急増する一方で、青果用やでん粉用は減少傾向にある。
こうした需要を支える国内生産の現場は、深刻な課題に直面している。ジャガイモは収穫量の8割以上を北海道が占める「一極集中」の構造にあるが、ここでも例外なく農家戸数の減少と高齢化が進んでおり、春の植え付けや秋の収穫期における労働力不足が顕著になっている。生産費の約7割を占める肥料や燃料、資材などの高騰も経営の負担となっている。
「相場崩壊」と離農加速の懸念
こうした状況下において、一般流通向けの生鮮輸入解禁はどのような影響をもたらすのか。生産者が危惧しているのが、「市場相場の崩壊」と「病害虫流入による産地壊滅」である。
北海道でジャガイモを生産する星野さん(仮名)は「生産者の間では、病害虫は本当に大丈夫なのか。輸入の価格が明らかになっていないが、国産の相場が崩れる可能性があるのではないかと懸念しています」
ジャガイモの市場価格は、需要と供給のバランスの崩れで大きく変動する。もし安価な米国産生鮮ジャガイモが大量に輸入され、外食・中食市場や青果市場に入ってきた場合、国内の卸売価格や市場相場全体を引き下げる可能性がある。現在、肥料や燃油の高騰により、多くの農家が採算ラインギリギリでの経営を強いられている中、相場が急落すれば、生産コストすら回収できなくなり、経営破綻や離農へ直結する可能性をはらむ問題なのだ。
生産現場の強い危機感は、アンケート結果を見ても明らかだ。産直通販サイト「食べチョク」を運営する株式会社ビビッドガーデンが2026年9月に実施したアンケート(販売目的のジャガイモ生産者48名回答)によると、米国産生鮮ジャガイモの輸入解禁に対し、81.3%の生産者が「反対」および「安全性確認までは反対」と回答。賛成はわずか2.1%(1件)であった。
現場の生産者からは、「資材や種芋が値上がりする中で販売価格が下がり、そこに害虫まで入ってきたら生産は不可能になる」「一度病害虫が侵入すれば拡散防止はほぼ不可能です。自国の農業を守らず市場原理に委ねれば生産者は減少の一途をたどる」といった切実な声が寄せられているという。

出典:PR TIMES「ジャガイモ農家へのトドメの一撃になりかねない」米国産ジャガイモ輸入解禁に8割超が反対 経営判断への影響を懸念する声も9割に迫る。食べチョク、緊急アンケートを実施 (株)ビビッドガーデン/食べチョク
病害虫「ジャガイモシストセンチュウ類」が及ぼす影響
生産者や農業団体が、なぜこれほどまでに病害虫の侵入を恐れるのか。その象徴とも言えるのが、ジャガイモの根に寄生する害虫「ジャガイモシストセンチュウ類」である。
ジャガイモシストセンチュウは根から養分や水分を吸い上げ、株を枯死させ大幅な減収をもたらす。さらに、最大の脅威はその驚異的な生存力にある。雌は体内に数百個の卵を抱えたまま死に、外皮が硬い袋状の「シスト」に変化する。このシスト内の卵は土の中で15年以上も生存しつづけるため、一度畑に定着すると、農薬や土壌消毒を行っても完全な根絶は極めて難しくなる。
あまり知られていないが、日本全国の農家や家庭菜園で植え付けられている「種ばれいしょ(種芋)」は、その約97%を北海道が生産・供給している。植物防疫法上、シストセンチュウが確認された圃場では種ばれいしょの生産・出荷が一切認められない。
もし一般流通した生のジャガイモを介して種芋の主要産地に病害虫が定着・拡大した場合、全国への種芋供給が停止し、長崎県や鹿児島県をはじめとする全国のジャガイモ産地で翌年の作付けが困難になるリスクが考えられる。

出典:植物防疫所「ジャガイモシストセンチュウの写真」
流通・加工現場の実態と需要

実際にジャガイモを取り扱う流通や加工の現場は、この輸入協議をどのように見ているのだろうか。見解は、用途や業態によってさまざまだ。
スーパーなどの量販店関係者は、「人参や玉ねぎのように、アメリカ産のジャガイモを一般消費者がスーパーの青果売場で好んで買っていくとは考えにくい」と、生鮮売場での需要そのものを疑問視する。
一方で、惣菜工場や大手のポテトサラダ製造工場、外食チェーンなどの「加工・中食現場」では見解が異なる。加工向けの青果物を取り扱う関係者は、「大手ハンバーガーチェーン店のフライドポテトや大手お菓子メーカーのポテトチップスなどで、消費者はすでにアメリカ産のジャガイモを口にしている。そのため、単価次第では、ポテトサラダなどの業務用加工原料として代替輸入される可能性があるのでは」と指摘する。
別の関係者は「近年、円安の影響や国際物流費の高騰により、かつてほどアメリカ産を安く調達できる保証はなく、海外市場に対して日本が『買い負ける』ことも考えられる。実際、かつてはアメリカからトマトやレタスといった青果物が輸入されていた。現在でも韓国やニュージーランドなどからは青果物が入ってきているが、アメリカ産に関しては価格が合わず、近年は見る機会が少なくなっている」と語った。

ポテトチップス向けに出荷されるジャガイモ
食料安全保障と持続可能な国内農業を守るために
米国産生鮮ジャガイモの輸入解禁問題は、単なる二国間の貿易摩擦や価格競争の域をはるかに超えている。生産者や農業団体が声を大にして訴えているのは、一度破綻すれば二度と元には戻せない「日本の植物防疫網」を守り、全国へ種芋を供給する「生産基盤」の維持である。
農林水産省は、9月18日に予定される関係者説明会をはじめ、現場の生産者や関係団体に対してリスク管理措置の具体的妥当性と科学的根拠について透明性を持った情報公開や説明を尽くしていくべきだろう。安易な外交交渉による決着や説明不足のままの解禁は国内生産者の不信感を招くリスクがある。
一方、消費者側も、「安さ」という目先の利益の裏にあるリスクなどに目を向ける必要がある。持続可能な国内農業と安心できる食の未来をどう守るのか、今まさに国の見識と国民一人ひとりの関心が問われている。
















