プロは、トライ・アンド・エラーをたくさんやる
長く続いたこの連載も今回が最終回。
この連載では、直売所業界にはもっとたくさんのプロフェッショナルが必要だ、という問題提起をしてきました。
では、プロフェッショナルとはなにか? 今回はそれを考えていきましょう。
ひいては、この業界にプロが育ちにくい6つの環境的な要因にも切り込みたいと思います。
私たちが直売所のプロが必要だと思う理由、それは商売というものは、ノウハウの蓄積が大事だからです。
そして、ノウハウは日々のトライ・アンド・エラーから学ぶことができます。逆に、トライ・アンド・エラーをしない直売所には、ノウハウが蓄積されていきません。
トライ・アンド・エラーをどれだけ数多く行うのかが、直売所の運営の質を決めます。
(一般的な知識は、本稿のようなWebメディアや新聞・雑誌などからも学べますが、実践上のノウハウは現場のトライ・アンド・エラーが大事になります。)
したがって、私たちが言うプロフェッショナルとは、トライ・アンド・エラーを、主体的に、積極的に行う者のことを指すのです。
設置団体の幹部に積極性があってもあまり意味がありません。
現場で、日々、消費者や商品と向き合っているスタッフ、とくに店長の主体性が必要です。
主体性を阻むこれだけの環境要因
直売所業界にプロフェッショナルが少ないのには、環境的な要因も関係しています。スタッフの主体性が育ちにくい環境は重要なものだけで6つあります。
設置団体は、これらをいかに取り除くのかを考えていきましょう。
(1)委託式
直売所の多くは委託式であるため、より多く売ろうというモチベーションが起きにくいです。委託式のメリットとデメリットをきちんと理解しておきましょう。
詳しくは、こちらの回を参照。
直売所の最重要キーワード。「委託式」をきちんと理解する!【直売所プロフェッショナル#18】
(2)裁量がない
現場に裁量がない場合も多いようです。これは、先に述べた委託式のためでもあり、また公共的な団体が設置している場合には、出荷者間の公平性を担保しなくてはならないという背景もあります。
詳しくは、こちらの回を参照。
次世代の直売所に大事なバイヤー気質。仕入れは小売業のキホンのキ。【直売所プロフェッショナル#06】
(3)運営はダメでも、経営が安定
設置団体の財務基盤がしっかりしている場合や、補助金などで支援されている場合、運営をうまくやらなくても経営が“安定”しているケースがあります。つまり、危機感を持つ必要がないのですが、危機感がないところに主体性は生まれにくいのです。
詳しくは、こちらの回を参照。
「アリバイ型直売所」からの卒業!【直売所プロフェッショナル#13】
(4)昇給、賞賛や競争のない環境
直売所の多くはその業績による店長の昇給がないか、幅が小さいようです。また、高い業績をあげたときに賞賛を受ける機会もないことがあります。また、社内(団体内)で店長どうしが競争する環境にないので、主体性を発揮する必要がありません。
(5)出荷者からの感謝がない
出荷者からの感謝の声が、意外と直売所の現場スタッフに伝わっていないケースもあります。出荷者は、ともすれば、消費者からの感謝の声を直接聞きたくて市場出荷から販路を切り替えている人も多いはずです。同じように、直売所スタッフも感謝の言葉をかけられれば、おのずと主体性がアップするでしょう。
(6)経営理念が不十分
直売所の経営理念は、ふつう、「地域の農業の活性化」を掲げますが、「お客様を喜ばせる」という観点が抜けているケースがあります。しかし、どちらかといえば、直売所のスタッフのモチベーションが上がるのは、消費者の食卓に貢献できたとき。設置団体が地域の農業について考えるのは当然ですが、同時に「お客様の満足度を高めよう」ということを積極的に発信していないと、現場の主体性は上がらないのです。地元産だという理由で悪い品物も売らなくてはいけないという状況では、どうしても現場のモチベーションは落ちてしまいます。
詳しくは、こちらの回を参照。
また行きたい直売所になる! 3つの観点で作る経営理念【直売所プロフェッショナル#23】
プロは、環境のせいにはしない
このように、この業界特有の環境的な要因によって、現場スタッフの主体性は育ちにくくなっています。
しかし、本稿を読んでいるのが現場スタッフ自身でしたら、ここまでの文章はすべて忘れてください。環境は、しょせん環境です。
主体性や積極性とは、スタッフの心の持ちようのことです。本人が意識さえすれば、環境はあまり関係がありません。
プロ野球選手やプロ・ミュージシャンが、悪い状況を環境や他人のせいにするでしょうか?
プロフェッショナルとは、環境に関係なく、全力を尽くす者のことを言うのです。
“主体性環境”を整えるエマリコ方式
とはいえ、主体性を発揮しやすい環境を整えるにはどうしたらいいのか?という疑問はあると思います。
そこで、直売所を3カ所で展開しているベンチャー企業「エマリコくにたち」の私たちが、現場の主体性を高めるためにやっている工夫をご紹介します。すべて、先に述べた6つの環境的要因の裏返しです。
(1)委託式ではなく、買い取り式
エマリコの直売所は、商品をすべて買い取りしたうえで陳列します。なので、売り切らなくては損失が出てしまうという危機感がつねに現場にあります。
危機感があるからこそ、さまざまな工夫を考えることになります。
(2)現場に裁量がある
エマリコでは、現場に裁量があることを重視しています。年間や四半期ごとに策定する運営方針も、基本的には店長自身の考えを反映したものになり、経営陣はその進捗(しんちょく)をチェックする役割を担います。
(3)経営が不安定
これは自慢になることでも工夫と言えることでもないですが、エマリコは小さなベンチャー企業なので、財務基盤はきわめて脆弱(ぜいじゃく)です。したがって、努力しなければ会社自体が存続しないという危機感が存在します。
(4)賞賛と競争がある
エマリコの直売所には、利益に応じたボーナスがあります。また複数店舗を展開していて、それぞれの業績はお互いに見られるので、店長どうしの健全な競争関係も生じます。
(5)出荷者からの声を集める
出荷者からの声を集めて、アルバイトを含む全てのスタッフと共有するようにしています。出荷者との密なコミュニケーションは、現場のスタッフの商品(農産物)への愛着を生み出します。
(6)経営理念が明確
エマリコくにたちでは、創業以来、経営理念を明確に定め、Webサイトにも掲載、公開しています。地元の農業に対するスタンスだけでなく、「楽しい食卓のサポート」や「背景流通業」といったお客様目線での会社のミッション(使命)も定めています。
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現場の主体性に配慮した環境づくりをしていくと、現場発のトライ・アンド・エラーがたくさん起きます。この点が大事です。
自分自身の頭で考えたことが、お客様の満足や出荷者の喜びにつながれば、この仕事にやりがいを感じるでしょう。やりがいを感じれば、トライ・アンド・エラーをさらに積極的に行っていく、という好循環が生まれていきます。
プロは、自分の仕事に誇りを持っている
さて、43回目の今回で、「直売所プロフェッショナル」は最終回。長いことお付き合いいただき、ありがとうございました。
あらためて、連載を終えるにあたって、直売所という業界のことを考えてみると、じつに素晴らしい仕事だなあと思います。
まず、何より、直売所は「市民」「農業」「商工業」の3つのプレーヤーの真ん中に位置する、街のなかでかなり稀有(けう)な存在です。
直売所の働き次第で、街の魅力が変わってくる。私たちは本当にそう思っています。
詳しくは、「令和時代の街の価値は、直売所が決める!【直売所プロフェッショナル#25】」に書きました。
生産の現場がすぐ近くにある点。これも他の仕事にはなかなかない特徴であり、魅力です。スーパーや外食チェーンの社員は、生産現場を見ることもなく(年に1~2回程度の研修はあるかもしれませんが)、商品を販売しているわけです。
生産現場が近いため、直売所のスタッフは主体性さえあれば、畑の見学はおろか、生産される品物のレベルアップや作付けの計画に関わることすらできます。これはスーパーや外食チェーンのスタッフにはできないことです。
生産現場との関係については、以下の記事も参考にしてください。
農家に近いのが直売所の武器! 野菜の背景情報を発信する【直売所プロフェッショナル#37】
そして、おいしいものを届けるというこの仕事は、人間の日々の生活と切り離すことができません。私たちの仕事は、地域市民の豊かさに直結しているのです。
言い換えれば、私たちが今日どのような食べ物を売ったかということは、地域のみなさんが今晩、おいしい食卓を囲むことができたかどうかに直接に関わります。
責任は重大です。でも、確実に地域市民の幸せに貢献できる、そんな仕事です。
こんな素晴らしい仕事なのですから、直売所運営に携わっていることに胸を張りましょう。そして、より多くの幸せを作るために、主体性や積極性を大事にしましょう。
プロフェッショナルとは、自分自身の仕事に誇りを持っている人のことを言うのです。