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独立就農まで10年の紆余曲折。東京の生産緑地に見つけた理想の農業経営

sato tomoko

ライター:

連載企画:若者の農業回帰

独立就農まで10年の紆余曲折。東京の生産緑地に見つけた理想の農業経営

2022年春、武蔵野市と小金井市に計30アールの農地を借り、念願の独立就農を果たした鈴木茜(すずき・あかね)さん。借り受けた農地は、農業関連の補助金は対象外でこの先農地を増やせる可能性も低い市街地の生産緑地でした。一見不利な条件下での就農にも見えますが、この土地だからこそ、実現したかった農業の形があると話します。初年度の生産を終えた畑で、就農1年目の振り返りと、今後の展望を聞きました。

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熊本地震で候補地が閉園。届かぬ就農の願い

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こびと農園代表の鈴木茜さん。武蔵野市の畑にて

「自分の目指す農業経営を実現できる就農地は東京でした」と話す鈴木茜さん(29)。農業を志したのは中学生の頃。しかし当時は、出身地の神奈川県で農業高校を卒業しても農業法人への就職の事例がほとんどなく、農業の道に進むことはかないませんでした。

高校卒業後は社会勉強をしようと東京・大田区の青果流通会社に入社。その後、遠く離れた熊本県でやっと就農候補地を見つけますが、移住した直後に発生した「平成28年熊本地震」によって閉園を余儀なくされるなど、就農という夢にはなかなか手が届きませんでした。

消費者との距離が近い東京で「農業経営をしたい」

その後東京に戻り、東京都農業会議に就農の相談。「独立就農はまだ早いのでは」と紹介された立川市の農家で3年ほど勤務しましたが、次第に「自分で農業経営をしたい」という思いが強くなり、再び東京都農業会議の扉を叩きました。そこで都内での就農を支援する東京農業アカデミー八王子研修農場が創設されることを聞き、その第1期生として2年間、農業経営を学びながら農地の確保を目指しました。

なぜ東京での就農を志したのか。きっかけは、ふと目に留まった東京で新規就農したある女性の記事。「野菜や米を生産して販売するのが一般的な農業ですが、個々が独自性のある農業経営をしていることに可能性を感じました。農業の魅力を伝えることにも強い思いがあり、それができるのも消費者との距離が近い東京だと思いました」と鈴木さん。しかし、肝心の農地を借りるまでにもうひと山ありました。

リスクを取ってでも「人が多い生産緑地で就農を」

都市農地貸借法(2018年9月施行)により、貸借が可能になった生産緑地での就農を目指した鈴木さん。しかし、希望しても必ず土地が借りられるとは限りません。しかも、生産緑地は国による農業次世代人材投資事業の対象外。経営資金となる補助金を受けられる見込みもありません。就農候補地として市街化調整区域も見たものの、消費者との距離が離れるぶん生産規模を拡大する必要がある一方で、農地を増やすことが難しいなどの話も聞こえてきました。

「各地の農家さんを訪問して話を聞きながら、自分のやりたい農業の原点に立ち返ると、リスクを取ってでも人が多い生産緑地で就農する結論にたどり着きました」と鈴木さん。そこへ、耕作が困難となり農地(生産緑地)を貸したい人がいるとの話が。しかし、交渉は難航。武蔵野市では新規就農者の受け入れや個人への農地貸借の前例がなかったため、関係者らが議論を重ね、契約内容の着地点を見いだすまで1年余りを要しました。

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武蔵野市で借りた畑。ブロッコリーが大きな丈に育った

「地主さんの意向をくんでお互いに納得したうえで農地の貸借を締結することは、個人的にすごく大事だと思います」と鈴木さん。農地の貸借においては、従来の作物と出荷先を引き継ぐことや、使う肥料や技法への要望が地主から出ることも。断れば次に農地が出るとは限らず、究極の二択になりますが、鈴木さんの場合は自分のビジョンを判断の軸にしました。地主側も初対面の鈴木さんに農地を貸すのはリスクがあります。うまくいかなくて投げ出したりしないか、大事な農地をきちんと扱ってくれるのか。不安を払拭(ふっしょく)するために、鈴木さんは地主の畑で研修として半年間、一緒に農作業をして信頼を築いてきました。

結んだ契約は使用貸借。賃料が発生しない代わりに契約期間内でも地主から返還の要請があれば、6カ月以内に原状回復して返却するルールがあります。台風などの災害で全てが台無しになる可能性もあり。リスクヘッジのため隣接する小金井市でも10アールの生産緑地の使用貸借を結び、計30アールで事業をスタートしました。

満を持して東京で就農。創意工夫から生まれた四つの事業

計30アールの農地で生計を立てるために、鈴木さんは初年度に四つの事業を立ち上げました。
一つ目は、農産物の生産直売。週1回、武蔵野市の畑に設けた直売所で、自園の野菜を販売しました。

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武蔵野市のこびと農園直売所(画像提供:こびと農園)

二つ目は、農業・収穫体験の提供。単発の収穫体験のほか、季節ごとの農作業を体験してもらう年間プログラム(月2回・年間20回)を用意すると10組の登録がありました。東京都のTOKYO創業ステーションに相談した際、農業は対象外でも農業サービスには創業助成金があることを知り、プランナーと考えた農作業体験の会員制プランを申請すると対象事業に採択。安定収入の一助となりました。

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実がつき始めたズッキーニ(画像提供:こびと農園)

三つ目は、青果物の卸売り。東京・大田市場の買参権を取得している鈴木さんは、野菜や果物の卸売りと小売事業を展開します。武蔵野市の緑町一番街商店街内に借りた事務所で、週1回、野菜を販売する「こびと青果店」をオープン。端境期の品ぞろえを仕入れで補っています。中小企業の創業者を対象とした東京都の低金利の融資制度「女性・若者・シニアサポート」を利用し、青果物卸売事業で資金の確保にこぎつけました。

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緑町一番街商店街の「こびと青果店」(画像提供:こびと農園)

四つ目は、体験農園の講師と福祉作業所の指導員。東京都農業会議のあっせんで、江戸川区が運営する体験農園と小金井市にある都民農園でそれぞれ月2回の講習会の講師を務め、福祉作業所が運営する畑で農作業や作付け計画の支援をしています。農福連携はやりたかったことの一つ。これを機に、農福連携技術支援者(農林水産省認定)の資格も取得しました。

就農を目指す人のために、失敗も隠さず話したい

やりたい事業を実現してきた1年。複数の事業を回すことは全く苦ではなかったとはいえ、一人でやるには工夫が必要でした。直売所は週1回1時間、八百屋は週1回2時間の営業と決め、事前にSNSなどで周知して集客するなどの効率化を図りました。また、客単価を上げるためには品ぞろえを増やすことが必要と、振り返れば、年間で60から70種類の野菜を栽培していました。次年度に向けての目標は、それぞれの事業で見えた課題を精査してより効率化すること。そして、この先事業を広げるために、一緒に農業を盛り上げてくれる仲間を探すことです。

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独立就農1年目を全力で駆け抜けた鈴木さん。さらなる活躍に注目したい

最後に就農を目指す人にメッセージをもらうと、「先輩方の成功体験だけではなく苦労話や潜むリスクなども聞くといいと思います。転ばぬ先の杖として対策しておくことはとても大切だと痛感しています」と鈴木さん。自身のありとあらゆる失敗を後輩に話すこともいといません。

東京農業アカデミーに入った2022年はコロナ感染拡大がありました。「リスクに対応するために、いろいろな農業の形があっていい」と鈴木さん。常にリスクと隣り合わせ。対処するための創意工夫で生まれたオリジナリティのある事業から、鈴木さんがやりたかった農業の魅力とその可能性が伝わってきました。

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