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農産物の価値伝達システム~農産物の多様な価値を消費者に届ける仕組み~

農産物の価値伝達システム~農産物の多様な価値を消費者に届ける仕組み~

スマート農業により農産物に関するデータの蓄積が進みつつあります。これらのデータは、農業者それぞれのこだわりや工夫を表現するための貴重な材料です。今回は、作業履歴や栽培環境などのデータ、企業や研究機関などが開発した新たな計測技術などを活用し、農産物の多様な価値を客観的かつ分かりやすく消費者に伝えることで、収益性の向上や農業経営の安定化を目指す取り組みについて紹介します。

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農産物の販売価格向上に有効な情報

農業の収益性を向上させ、安定した農業経営を実現するには、売り上げ増加とコスト削減の両面からのアプローチが必要になります。売り上げの増加に関しては、単収の増加や販売価格の向上が課題となりますが、今回は販売価格の向上について取り上げます。

販売価格の向上の鍵となりうるのが、消費者への農産物に関する情報の提供です。例えば、有機農産物を対象とした研究では、提示された情報を消費者が正しく理解することで、製品やサービスに対して消費者が自ら進んで支払う価格を表す「支払意思額(WTP:Willingness To Pay)」が高まるという結果が報告されています。

このような現象は有機農産物に限らず、農産物全般に関しても広く適用できると考えられます。例えば、味、鮮度、安全性、日持ちの良さなど、従来は表現できていなかった農産物の長所や特徴といった価値を示すような情報を分かりやすく提示することで、付加価値が向上する可能性があります。また、近年は、災害に遭った地域の商品を購入し復興を支援する、環境に優しい商品を購入するなど、商品やサービスの持つ社会的な価値や文化的な価値を重視した消費行動である「イミ(意味)消費」が拡大しており、それに対応して、地域や環境に対する価値なども含めた多角的な情報を付与することが重要になります。

テクノロジーにより農産物の規格を「補完」する

現在の農産物の規格は、階級(S・M・Lなど)・等級(秀・優・良など)などの主に外観を対象としたもの、有機JAS認証、GAP認証などの栽培方法や農業者の取り組みを対象としたものに大別されています。農産物の販売価格向上に向けては、農産物の多様な価値を表現・伝達できるよう、これらの既存の規格を補完するような情報を付与することが有効と考えられます。

農業現場では、農産物の価値の源泉となる情報が多数存在しています。最近では、スマート農業の導入により、農産物の生産に関する作業履歴や栽培環境などのデータの蓄積が進んでいます。例えば、作業履歴に含まれる農薬の散布履歴に関する情報を用いて安全性や環境面での価値を表現する、ドローンを使って災害後の作物の様子を撮影し、消費者に復興支援のための購買を促すといった使い方が可能です。

また、農林水産省では2022年9月に農業生産段階の温室効果ガスの排出量を算定できる「農産物の温室効果ガス簡易算定シート」を公表しています。これは、Excelシートに農業生産段階での農薬・肥料などの資材投⼊量および農業機械や施設暖房などのエネルギー投⼊量などを入力すると、温室効果ガスの排出量が算定されるというものです。このシートにより、排出量削減に向けた技術導入を積極的に行っている農業者の努力や成果を客観的に表現することができます。

サグリの植生分布

農産物の温室効果ガス簡易算定シートの概要(出典:農林水産省ウェブサイト

さらに、糖度や酸度などの食味をより精緻かつ効率的に計測する技術、農産物のおいしさを計測する技術、鮮度の予測・可視化技術なども研究・実用化が進んでいます。民間企業、大学、研究機関などで蓄積されているさまざまな知見を活用することで、農産物の多様な価値を伝えることが可能になります。

CAVシステムによる農産物の価値伝達

ただし、情報のやりとりが複雑化することにより、農業者の手間が増えると本末転倒になります。効率的に農産物の価値を伝達するためには、農業者が簡単に使うことができ、かつ届けたい価値を消費者に分かりやすく伝えられる仕組みが求められます。また、特定の流通経路に限らず、品目や用途に応じてさまざまな流通経路で適用できることが重要です。

そこで、株式会社日本総合研究所(以下、日本総研)では、農業者の思いを効果的かつ効率的に伝えるべく、既存の情報を集約した「農産物の価値伝達システム」の構想を提唱しています。日本総研では、このシステムを “CAV(Communication of Agricultural Value)システム”と名付けました。

CAVシステムは、さまざまなサービス・研究により生み出されている農産物の価値源泉となる情報をシステム連携により集約し、そのベースとなるデータやプログラムなどを参照・活用しやすくすることで、農産物の多様な価値を多角的かつ客観的に表現するものです。

CAVシステムの活用主体となるのが、「価値伝達サービス事業者」です。価値伝達サービス事業者は、農業者に寄り添い、客観的な視点によって農産物の価値を引き出し、表現する役割を担います。このプレーヤーの候補としては、農産物の価値を客観的に評価することができ、技術やシステムに関する知見を持っていることが条件となり、産直EC事業者、SIer(システムサービス企業)、ベンチャー企業、農協などが挙げられます。

CAVシステムの構造と主なステークホルダー(日本総合研究所作成)

CAVシステムの評価項目

CAVシステムの評価項目としては、農産物の①外部形状、②内部形状、③味・風味/栄養・機能性、④食感、⑤時期・収穫後管理、⑥簡便性、⑦安全性、⑧経済性・安定性、⑨環境配慮、⑩地域・社会貢献が候補となります。これらはさらに細分化された評価指標から構成されています。価値伝達サービス事業者は、これらの指標・項目の中から、農業者の特徴・品目・用途などに合わせて適切なものを取捨選択し、農産物の価値を表現することで、農業者に代わって消費者に価値を届けることができます。

CAVシステムの評価項目(日本総合研究所作成))


 

農業現場には農産物の価値を伝える材料となる情報がどんどん蓄積され始めています。CAVシステムでは、これらの情報を有効活用し、農業者、流通事業者、消費者といったサプライチェーン上のプレーヤー間でのコミュニケーションを促進することで、「農産物の価値を理解して購入する」ように、消費行動を変えていくことを目指しています。
 

書き手・日本総合研究所 前田佳栄

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