本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
部会長として多忙な日々を送る主人公・平松ケンは、山積する部会の仕事と農作業に追われ、家庭と向き合う時間を確保できずにいた。
そんな中、家族旅行の計画も仕事の都合で直前にキャンセルせざるを得なくなり、家庭内の空気は急速に悪化。農業という“異世界”で生き抜くために責任を背負い続けてきた結果、仕事と家庭のバランスが崩れていく現実に直面する。
地域のために尽くすほど私生活が犠牲になる葛藤の中で、僕は「何を守るべきか」を突きつけられることに。部会長という立場の重さと、個人としての幸せの狭間で大きく揺れ動くのだった。
言われた通りにやっているが…
部会長という立場になってから、若手の育成に関わる場面が増えた。
それ自体はやりがいのある仕事だと思っている。ただ、異世界のルールに慣れてきた今でも、この役職には慣れない部分がある。
ベテランと若手の板挟みになる、あの感覚だ。
どちらの言い分もわかる。だから、片方ばかりに肩入れすることはできない。そんな“どっちつかず”な立場こそ「新米部会長」の実態なのかもしれない。
そんな中、最近になって特に多くなってきたのが「栽培方法」に関する相談だった。
「ケンさん、ちょっと畑を見てもらえませんか?」
「おお、どうしたの?」
わざわざ僕の畑まで足を運んで声をかけてきたのは、就農2年目の小早川さん。真面目で吸収も早く、部会の中でも期待されている若手の一人だ。
初めて会ったときから「この人はきちんと農業に向き合っているな」という印象を持った。だからこそ、彼の口から「言われた通りにやってるんですけど、うまくいかなくて…」という言葉を聞いた時、少し引っかかるものを感じた。
小早川さんの畑を一緒に見に行く。すると、玉ねぎの生育が遅れ、明らかに普通とは様子が違っていた。葉の色が悪く、一部で病気が発生しているようだ。頑張ってはいるけれど、何かがズレている。そんな印象を受けた。

話を聞くと、地域のベテラン農家から教わった「昔ながらの作り方」を、そのまま実践しているという。それ自体は、決して悪いことではない。むしろ、基礎を大切にしている証拠だ。ただ、どうも結果が伴っていないらしい。
昨年も通常の7割程度の収量しか上がらず、今年はもっと落ち込みそうな気配である。
「このやり方、本当に合ってるんですかね…」
彼の不安げな表情が、僕の脳裏に焼き付いた。
ずっとやってるから間違いない
その日の夕方、部会の集まりでベテランたちにそれとなく話を振ってみた。
農業の話になると、ベテランたちの言葉には独特の重みが宿る。長年、土と向き合ってきた人間にしか持てない、確信のようなものをいつも感じる。

返ってきた言葉は、予想通りのものだった。
「いや、そのやり方で何十年もやってきたんだから間違いないよ」
「最近の若いのは、ちょっと結果が出ないとすぐやり方を疑うからなあ…」
確かに、その方法で長年結果を出してきたのは事実だ。異議を唱えるつもりはない。
ただ、ここ数年の気候は明らかに変わっている。この地域でも「昔はこんな天気はなかった」という声を、毎年のように聞くようになった。同じやり方をしても、同じ結果になるとは限らないんじゃないか――。そんな違和感が頭をよぎった。
周りを見渡すと、うなずきながら話を聞くベテランたちの顔がある。その自信に満ちた表情を見ていると、自分の違和感のほうが間違っているとさえ思えてくる。
それでも、僕はどうしても合点がいかなかった——。
正解は、徐々に変わっていく

後日、小早川さんの畑を歩きながら、2人で状況を整理してみることにした。
「この時期にこの作業をするって言われたんですけど、今年は気温が高くて…」
作業のスケジュールは、過去の気候を前提として組まれている。だが今年の気温は、そのスケジュールより明らかに先を行っていて、ベストな気温が例年よりずいぶん早くやってきていた。
「去年はまだマシだったんですけど、今年は全然違っていて…」
その言葉を聞いて、改めて最近の気候の変化に思いを巡らせてみた。
僕が就農した当時と比べても、明らかに冬場の気温は上昇している。また、降水量が少ない年も多い。夏場は台風が6月頃からやってきていたが、今ではもっと遅いのが普通だ。雨の降り方も大きく変わり、ゲリラ豪雨に見舞われる場面がぐっと増えてきた――。

(「正解」が、年を追うごとに変わっている。昔は最適解とされてきた農業のやり方が、気候の変化とともに、少しずつ通用しなくなってきているのかもしれないな)
ベテランのやり方が間違っているということではない。ただ、前提となる環境そのものが、静かに、しかし確実にずれてきているということだ。
結局その日は、ベテランのやり方をベースにしつつも、気温や天候に応じて作業時期を前倒しするなど、いくつかの修正案を一緒に考えてみることにした。
正解かどうかはわからない。でも、立ち止まって「なぜこの作業をするのか」を問い直すことが、今は必要なのだと思った。
帰り道、小早川さんが「少しすっきりしました」と言ってくれた。その言葉に、どこかほっとした自分がいた。
過去の経験を疑う力も必要
その後、部会の中でもこの話題は小さな波紋を呼んだ。
「確かに、最近は天気がおかしいよな」
「昔と同じじゃダメかもしれないな」
小早川さんとのやり取りを話してみると、一定の理解を示す声がある一方で、「そんなの一時的なもんだ」「長年のやり方を変える必要はない」と頑なな意見も根強い。
どちらの言葉も、それぞれの経験から来ている。どちらが正しくて、どちらが間違っているという話でもない。
僕は、自分の立場の難しさを痛感した。これまでの経験を全て否定することはできない。でも、それに縛られていては前に進めない。
「経験は大事です。僕もそれを否定するつもりはありません。でも……。常識を疑うことも同じくらい必要だと思います」
そう言うと、一瞬、その場の空気が止まった。
そして、ベテランの一人が苦笑いを浮かべて口を開いた。
「……ケンも偉くなったもんなあ」
僕はすぐさま言葉を返す。
「偉くはないですよ。困ってる若手がいるだけです」
「まあ、言いたいことは分かる。だけど、俺らも変えて失敗したらって思うと、怖い部分もあるからなぁ」
変化に対応しようとする若手と、積み重ねてきた経験を信じるベテラン。どちらか一方に肩入れするのではなく、その間に立ち続けることが、今の自分に求められていることなのだと思う。
簡単ではないし、正直しんどいときもある。それでも、誰かがその場所に立たなければならないなら、僕がやるしかないと改めて心に誓うのだった。
レベル36の獲得スキル「昔ながらの経験則を再解釈し、アップデートせよ!」
農業における「経験則」は、長年の試行錯誤によって培われた貴重な財産である。ただ、近年のように気候変動が激しくなれば、その前提となる環境そのものが異なってくる。その結果として「これまで通り」が通用しない場面が増えてきていると感じている人も多いはずだ。
時に従来のやり方を否定したくなる場面もあるかもしれないが、重要なのは経験則を安易に否定することではなく、「再解釈すること」だろう。なぜその作業が必要なのか、どの条件で効果を発揮するのかを理解していれば、環境が変わっても応用が利く。逆に、理由を考えずに形だけをなぞっているようでは、変化に対応することは難しいはずだ。
ベテランの知見と若手の柔軟な発想。その両方を掛け合わせながら、変化する環境に適応していくこと。それこそが、これからの時代に求められる農業のあり方なのかもしれない。


















