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会社を早期退職し、埼玉でサトウキビ栽培 黒糖の製造で弾みをつける70代の挑戦

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

会社を早期退職し、埼玉でサトウキビ栽培 黒糖の製造で弾みをつける70代の挑戦

市民農園を利用したことがある人なら、10平方メートル程度のわずかな面積でも、いかにたくさん野菜が取れるかがわかるだろう。だが隈元重幸(くまもと・しげゆき)さん(71)が約40年前に栽培を始めたときに借りた面積は2000平方メートルもあった。地域の人との交流の機会として始めた農業が発展し、関東では極めて珍しい黒糖の生産と販売が実現した。

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人が来たくなる農園を目指して

隈元さんの農園「EDIBLE GARDEN(エディブルガーデン)」は埼玉県深谷市にある。農園を訪ねてまず目に入るのは「さとうきび栽培北限地」と書かれた看板。隈元さんの取り組みの珍しさを端的に示す言葉だ。

鹿児島県の中学を卒業すると、1人で埼玉県に引っ越して熊谷市の自動車部品メーカーに就職した。会社の寮に住みながら通信制の高校を卒業。39歳のとき家を建てたのをきっかけに作物の栽培に挑戦し始めた。

借りた面積は2000平方メートル。農業に興味のある人が栽培を体験しに来ることができるように、駐車スペースを含めて広めの土地を確保した。会社の同僚のほか、隈元さんの取り組みを伝え聞いた人などが農園を訪れた。

普通の野菜をひと通り育てつつ、珍しい作物も取り入れていった。世界最大級のかんきつ類の晩白柚(ばんぺいゆ)や北米原産の果物のポポーなどだ。「自分が楽しめて、人が来てみたいと思うようなもの」を選んでいったという。

収穫した作物は、作業を手伝ってくれた人にプレゼントした。「お金にはならないので、道楽のようなもの。作物を通して人と交流した」。さらりと話すが、それを長年続けるのはそう簡単なことではないだろう。

何回か畑の場所が変わり、現在の面積は約1000平方メートル。育てているのはサトウキビだ。ふるさとで栽培が盛んなこの作物にチャレンジし始めたことが、隈元さんの営農にとって大きな転機になった。

農園

農園「EDIBLE GARDEN(エディブルガーデン)」

母親を思いサトウキビ栽培を開始

母と同居し始めたのをきっかけに「母に故郷の景色を思い出させたい」と思い、サトウキビを育て始めた。2008年のことだ。隣接する熊谷市が夏の気温の高さで知られていることもあり、栽培が可能だと考えたという。

「人が作っていないものを育てて、販売してみたいと思った」。隈元さんはそう振り返る。ほぼ同じ時期に会社を早期退職し、サトウキビの栽培に全力を傾けることにした。試行錯誤を重ね、12月から2月まで収穫できる独自技術を身につけた。

とくに力を入れているのが有償の収穫体験会。鎌とナタで切り、表面のワックスを水で洗い流す。カットした茎を専用の機械で搾ると、フルーティーなサトウキビジュースができあがる。年に20~30人が参加してくれるという。

こうした取り組みにとって2026年は節目の年になった。静岡の製糖工場に委託して黒糖を製造し、地元の直売所で販売し始めたのだ。収穫体験の参加者から「黒糖を作ってみたい」と頼まれ、自宅の工房で作ってみたことはあった。参加者は喜んだが、販売できるような品質にするのは簡単ではないこともわかった。

そこで黒糖の製造に関しては専門の業者に任せることにした。商品名は「深谷黒糖」。初回は400キログラムを煮詰めて20キロの黒糖を作り、すでに完売した。次の収穫後は800キロを持ち込んで、40キロ作ることを目標にしている。

隈元さん

サトウキビを育てる隈元重幸さん

夢を追い続ければ形になる

最後に隈元さんのサトウキビ栽培の原点に触れておこう。

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