独立就農をサポート
「自分自身、よく生きてこられたと思うよ」。早川さんは米価が低迷していたころのことを振り返り、しみじみそう話した。米騒動で高米価ばかりが注目されたが、稲作の経営環境は厳しい時代がずっと続いていた。
早川さんが運営する早川農場のメインの作物はコメで、栽培面積は60ヘクタール。ほかに麦を40ヘクタール、大豆を6ヘクタールほど栽培している。スタッフは社員が6人とアルバイトが3人いる。
早川さんの取り組みで特筆すべきは、稲作を担う農家の育成に力を入れている点だ。すでに5人が早川さんのもとで栽培技術を学び、独立した。アルバイトのうち1人も独立就農を視野に入れている。
大手コメ卸の神明が新規就農者を育てるために立ち上げた会社からも3人を研修生として受け入れた。担い手を増やすことが、稲作にとって最重要の課題との信念から、独立を後押しし続けている。

早川さんのもとで学んだ農家たち。左が早川さん
60キロで6000円の米価を経験
令和の米騒動で農家が受け取るコメの販売代金は一時60キロ当たり3万円を超えた。だがそれ以前は1万円台前半で推移していた。
早川さんが経験した最安値はじつに6000円。高温障害で品質が落ち、地域全体で米価が急落したという。2008年のリーマン・ショック後に景気が低迷したときも、9000円まで落ち込んだ。
1万円台前半ですら、稲作経営にとっては楽な水準ではない。難局を乗り切るうえで大きかったのは、コメの集荷会社「のりす」(埼玉県吉川市)向けの契約栽培が約10年前にスタートしたことだ。
のりすの先にある売り先は、大手外食チェーンや大手のコメ卸など。その安定した取引を背景に、60キロ当たりで相場より1000~2000円高い米価を提示してくれた。「かなり助けられた」という。いまも販路の柱だ。
一方で早川さんはそれにとどまらず、消費者や飲食店に自ら売ってみようと試みた。栽培だけでなく、営業が日々の仕事に加わった。

コメの直接販売に挑戦した
利幅の大きい売り先を次々に確保
2010年ごろに始めたのが、団地での販売だ。「ここで売らせてください」。自治会に頼み込み、敷地の一角にテーブルを置いてコメを売り始めた。買ってくれる人を集めるため、チラシをポストに入れた。
販売に際して、自治体から提示された条件があった。「売ってもいいけど、コメは重いので玄関先まで運んでほしい」。片手に10キロずつ持ち、団地の5階まで配達して回ったという。
販売価格は5キロで2500円。当時のスーパーの価格からするとかなり高い。玄関まで運ぶ手間賃として、団地の住人が納得してくれた。しかも間に業者を挟まずじかに売ったので、利幅は相当大きかった。
2021年に東日本大震災が起きたときは、注文が殺到した。物流が滞り、コメが品薄になったからだ。1日に30万円分売れた日もあったという。
近くにスーパーができたことで、団地での販売は3年ほどで終わった。ただその後も引き続き買ってくれる先もあり、注文が入るといまも届けている。

早川農場の倉庫
飲食店や弁当店などへの販売を増やした時期もある。埼玉県だけでなく、都内にも営業に行き、何店かを売り先にすることができた。この販路も利幅が大きかった。60キロ当たり2万円で売れたのだ。

















