余白時間をあえて作る
「ののの」は農作業を手伝うことで実際に農家のもとに滞在することができるプラットフォームだ。1日の農作業時間は3〜4時間ほど。それ以外の時間は地域を歩いたり、農家さんと話したり、その土地の暮らしに触れたりして、自由に過ごすことができる。
池田さん:2023年7月に、約30軒の農家さんとサービスを始めました。現在の受け入れ農家さんは約150軒で、年間約1,000人に利用していただいています。参加者は最大2週間までの滞在が可能で、1日あたり7,700円を支払います。これは農家さんへの宿泊代ではなく、プラットフォームを利用するための料金です。農家さんには、1日3〜4時間のお手伝いの対価として、食事なしの宿泊場所を1泊分提供してもらっています。4泊5日ほど滞在する方が多いですね。
宿泊場所は、農家の住宅の一部を使う場合もあれば、農家が管理する別の建物などを利用する場合もある。

池田 航介社長
農作業をする時間はあえて限定し、そのほかの滞在中の時間の使い方は参加者に委ねているという。この余白が「ののの」の大きな特徴であるという。
池田さん:「ののの」が目指していることは、単に人手を農家さんへ送ることではありません。農に関心を持った人が、はじめから就農や移住を決断するのではなく、その前に農家さんの暮らしや地域に触れられる入口をつくりたい。
農業体験というと、どうしても作業そのものが中心になりやすいと思います。しかし「ののの」では、作業以外の時間もサービス設計の一部です。
農家の仕事を手伝いながら、地域の空気や農家さんの生活リズムに触れる。そうした経験の積み重ねが、将来的な就農や移住、地域との継続的な関わりにつながっていくと考えている。


余暇の過ごし方は色々だ
始まりは、長野県のりんご農家の人手不足
「ののの」は、どのような経緯で始まったのだろうか。池田さん自身と農業との関わりを聞いた。
池田さん:私は静岡県沼津市の出身で、家業は青果卸売業を営んでいました。野菜や果物に囲まれた生活でしたが、身近だったのはあくまで卸売の現場であり農業の現場への距離は近くはありませんでした。
大学に進み勉強するほど「やはり現場に行かないと分からない」と感じるようになり、長期休暇を使って、九州を中心に農家さんを巡る旅をしました。九州だけでも20〜30軒、全体では50軒ほど訪ねたと思います。
大規模な経営で日本の生産を支えている農家さんもいれば、環境に配慮した農業に取り組んでいる農家さんもいる。農業と一口に言っても、本当にさまざまな形があることを知りました。
特に印象に残っている出来事として、熊本県や屋久島のエコビレッジを訪ねた時のことを挙げる。そこでは、自給自足に近い暮らしをしている人たちがおり、「農業は単なる仕事ではなく、農を通して、食べるものをつくること、自然の変化を感じること、地域の人と助け合うこと、そうした全てがつながっていること」を知ったと話してくれた。
「ののの」の直接的な出発点は、新型コロナウイルスの感染が広がり始めた2020年頃、長野県のりんご農家から「人手が足りないので、手伝いに来てほしい」と声がかかったことだったという。
池田さん:最初は、「農家さんを手伝いに行く」というだけだったんです。
農家さんには、午前中は農作業を手伝い、午後はオンライン授業を受ける形ならお手伝いできますとお伝えしました。そして、チラシをつくって一緒に行く仲間を募ったところ、30~40人ほどが集まり、長野までお手伝いにいきました。
実際に滞在してみると、農作業をしていない時間の意味がとても大きいことに気がついたう。農家さんと話したり、地域を歩いたり、そこで暮らす人の感覚に触れたりする。その経験が、参加者にとって大きな価値になっていると感じたという。
当初は自分の趣味に近い活動だったが、2022年頃に「この取り組みを一軒のりんご農家さんだけで終わらせるのはもったいない」と思うようになり、サービスとして展開することを考え始めた。
半日の余白を受け入れることのできる農家とは
「ののの」のサービスの特徴である余白の時間は、参加者にとっては地域を知る機会になっている。
だが、農家からすれば手伝ってくれる時間が短くなるという点はデメリットだ。どんな農家がこのサービスを利用するのだろうか?
池田さん:サービス化する上で最も難しかったのは、受け入れてくれる農家さんを見つけることでした。「丸1日手伝ってくれる人でないと困る」「初心者に来られても困る」という声は、とても多かったです。
一方で、宿泊所として提供できる場所があり、かつ、りんごのような果樹農家とは相性がよいとと語る。収穫や選果、袋かけなど、初心者でも取り組みやすい作業が多いからだ。
池田さん:自分で販売を頑張っている農家さんや、消費者との関係を大切にしている農家さん、地域外の人との接点に価値を感じている農家さんとも相性がよいと思います。そうした農家さんが「ののの」を活用してくださっています。

いまでは受け入れ先の農家は全国に広がる
もちろん受け入れには負担もある。作業を教える必要があり、泊まる際の生活面での配慮も必要。だからこそ負担が集中しないよう、事前に受け入れ農家と参加者の間で、目的や期待のずれが生じないようにしていると、池田さんは語る。
池田さん:まず参加者には必ず「これは受け身のサービスではありません」と伝えています。「お客様」ではなく、自ら動いて主体的にお手伝いをする。そのマインドを持っているかどうかが重要になるからです。
そのため、申し込みの際には、自己紹介や参加動機を書いてもらいます。それを農家さんに見ていただき、受け入れるかどうかを判断してもらっています。場合によっては、事前に面談を行うこともあります。
参加者が料金を支払うことも、農家との適切な関係をつくる役割を果たしているのではないだろうか。
池田さん:そうですね。参加者がお金を払いながら農作業を手伝うという設計だからこそ、農作業のアルバイトでお金を稼ごうという人ではなく、農家さんの暮らしに敬意を持ち、自分から関わろう、学ぼう、何かを得ようとする人が集まりやすくなっています。

「ののの」のWEBサイトやSNSには参加を判断するための情報が詳しく記載されている

個別相談会も積極的に行われている
参加者の中心は学生と若手社会人
農作業や地方暮らしを比較的簡単に体験できる「ののの」を利用するのはどのような人たちなのだろうか。また、滞在後に移住や就農へつながる例はあるのだろうか。
池田さん:利用者は学生が多く、次に若手の社会人です。アンケートでは約20%が直近の移住を希望し、約40%が将来的な移住や2拠点居住を考えており、半数以上が地方に関心を持っている方々です。「ののの」は、気軽に農や地方暮らしを試せる入口を目指すサービスです。実際、山梨県のトウモロコシ農家での体験をきっかけに通い詰め、1年後に地域おこし協力隊となりその地で事業を始めた事例もあります。
ただし、「ののの」は、参加者にいきなり移住や就農を迫るサービスではないと、池田さんは言葉を続ける。「農に少し関心がある。地方の暮らしを一度見てみたい。そうした人が、最初の一歩として気軽に使えるサービスでありたいと考えています」

「ののの」参加者の農作業風景
災害があった地域でも「ののの」は活用されているという。
池田さん:能登地震で被災された石川県奥能登の米農家さんの所では、ののの経由で毎年何人も参加しており、半日は農業のおてつだい、残り半日は、能登でまだ復興の進んでいない現場を視察したり人の話をききにいったりしています。
「ののの」に参加したことで、移住する決心がつきました」と言われたこともあります。
農業の担い手不足を考えるとき、私たちは、つい「農家になる人をどう増やすか」という問いに向かいがちだ。しかし、多くの人にとって、就農や移住は人生を左右する大きな決断である。その前に、農家の暮らしや地域に触れ、自分に合うかどうかを確かめる段階があってもいい。「ののの」は、就農や移住の手前にある、そのニーズを捉えたサービスといえそうだ。
最後に、「ののの」が今後どのような展開を目指しているのかを聞いた。
池田さん:まずは「ののの」のサービスを、年間3,000人から5,000人ほどが利用する規模まで増やしていきたいと考えています。
また、農家さんの収入につながるような、新しい体験企画をつくれないかと検討しています。海外には、農家に長期間滞在するようなサービスもありますが、私たちは、どちらかというと体験を中心にした形で考えています。農家さんの暮らしや地域の魅力を、きちんと価値として届けていく。その中で、農家さんの収入にもつながる形をつくっていきたいです。

取材後記
いま若い世代のなかで農業や地方に関心を持っている人は確実に増えている。だが、現在のところ、農業界はそうした層に適切にアプローチできているとは言えないのではないだろうか。
言い換えれば、ニーズはあるのに入口が少ないのである。
どんなことにも「はざ間」は存在する。
移住者を増やそうとしたとき、いきなり地域おこし協力隊や地域の農業法人に就職する人も一部いるだろうが、一般的にはハードルが高すぎる。
だからといって、従来型の観光施策を頑張っても、地域に根を張ってくれる人は増えない。
農業や地方に関心のある人たちにいきなり移住や就農を求めるのではなく、かといって観光に来てもらうのでもなく、まず農家の暮らしや地域を体験できる「はざ間」を掬い上げる仕組みとして「ののの」は存在する。
そんな貴重な入口のひとつである「ののの」では、参加者と農家が片務的な関係ではない点にも留意したい。参加者はお金を払い、農家は宿泊の受け入れという手間をかける。
関わる人たちがそれぞれコストをかけて向き合うからこそ、表面的な交流に終わらない、深みのある出会いが生まれるのではないだろうか。

















