本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
地域のベテラン農家・徳川さんのもとに、都会で会社員をしていた30代半ばの息子・翔太さんが戻ってきた。
後継者不足に悩むこの地域にとって明るいニュースだったが、いざ親元で農業を始めると、長年の経験を一から教えたい父親と、新しい農業に挑戦したい息子の考えは真っ向から対立。
気が付けば僕は、親子双方から愚痴を聞かされ、畑の真ん中で仲裁役を務めることになった。親元就農は恵まれた環境に見えても、親子だからこその難しさがある。そのことを、僕は身をもって学ぶのだった。
あの頃は夢だった「借りて欲しい」の一言
新規就農から年月が経ち、僕の農業経営も少しずつ安定してきた。
思い返せば、就農したばかりの頃は、とにかく農地を借りることに苦労したものだ。
「農業を始めたいので、畑を貸してください!」
そうお願いして回っても、実績のない新規就農者に大切な土地を貸してくれる地主さんは、なかなか現れなかった。ようやく借りられたと思えば、何年も耕作されず、草や木が生い茂った土地ばかり。まずは草を刈り、木を切り、土を耕すところから始めなければならなかった。

ところが今では、地域で僕の名前を知ってくれる人も増え、「平松さん、うちの畑も借りてくれないか?」と、地主さんのほうから声を掛けてもらえることが多くなった。
しかも、紹介されるのは、長年きれいに管理されてきた畑ばかりである。水はけもよく、農道からのアクセスも悪くない。
(いやあ、昔の自分が見たら夢みたいだな)
そんなことを思いながら、僕はこの地域にたくさんの農地を持つ赤井さんから新たな畑を借りることにした。
赤井さんは几帳面そうな高齢の男性で、その畑を見てみると、草一本ないほどきれいに管理されていた。賃料が特別高いわけでもない。

「これはいい農地を紹介してもらったぞ!」
僕は喜び勇んでその畑の契約を結んだのだった。
地主からの細かすぎる注文
ところが、借り始めてしばらくすると、想定外のことが起き始めた。赤井さんから頻繁に電話が掛かってくるようになったのである。
「平松さん、畑の端の草、ちょっと伸びてきたんじゃない?」
僕が見たところ、農作業に支障が出るほどではない。周囲の農家と比べても、十分きれいな方だと思う。しかし、赤井さんにとっては、自分が管理していた頃の状態が基準になっているらしかった。

「すみません。次の作業のときに刈っておきます」
そう答えると、今度は「草の種が落ちるから、できれば月に一回は必ず草を刈ってほしい」とお願いされる。さらに、「畑の端の一角は、昔から近所の人が家庭菜園で使っているから、そのまま使わせてあげてほしい」という要望まで加わった。
そして別の日には、こんなことまで言われた。
「将来、土地を売るかもしれないから、契約は一年ごとの更新にしたいんだ。あと、ここにはパイプハウスを建てないでほしい」
どれも一つひとつを聞けば、理解できない話ではない。長年守ってきた大切な農地だからこそ、きれいに使ってほしい。赤井さんのその気持ちは、僕にもよく分かる。
ただ、農家の側からすれば、毎年契約がどうなるか分からない土地では大きな投資はしにくい。使える面積や設備に制約があれば、作付け計画にも影響が出てしまう。
(畑自体は最高なんだけどな……)
僕は次第に、見かけだけでは判断できない「農地選びの難しさ」を感じ始めていた。
「お祭りの時には駐車場に…」
そんな頃、今度は別の地主・神保さんから「うちの畑も借りてくれないか?」と声を掛けられた。
こちらも状態の良い畑で、すぐにでも作付けできそうだった。
ただ、契約の話を進めている際、神保さんが「ついでに」と切り出した。畑の隣にある古い農業用倉庫も一緒に借りてほしいというのである。もちろんその分、賃借料はかさむことになる。

僕にはすでに農機具を保管する場所があり、正直なところ倉庫は必要なかった。それでも、せっかくいい畑を貸してくれるのだからと、「まあ、分かりました」と引き受けることにした。
結局、その小屋を使う機会はほとんどなく、周囲の草刈りや状態の確認など、管理の手間だけが増えてしまった。
さらにある日、神保さんから電話が入った。
「毎年、地域のお祭りの時にこの畑を駐車場として使ってるんだけど、今年もいいよね?」
地域との付き合いもある。僕は深く考えず、「もちろんいいですよ」と返事をした。ところが、その祭りの日程は、ちょうど次の作付けに向けて畑を準備している時期と重なっていたのである。
祭り当日、多くの車が畑に乗り入れ、せっかく耕した土が踏み固められてしまった。

数日後、畑を見た僕は思わず頭を抱えることになる。
「これ、もう一回耕さないとダメじゃないか……」
とはいえ、事前にきちんと確認され、「いいですよ」と答えたのは自分自身だ。今さら文句を言うこともできない。
神保さんにも、地域の人にも悪気はないのだ。ただ、昔から続いてきたその土地の使い方と、僕の営農計画がかみ合っていなかった。それだけの話なのである。
農地を借りることは、地主と付き合うこと
その後、部会の集まりで何気なくこの話をすると、ベテラン農家たちから似たような経験談が次々と飛び出してきた。
「地主さんによっては、草の高さまでものすごく細かく気にする人がいるからな」
「借りた後になって、“ここは使わないでくれ”とか、“この木は切らないでくれ”って言われることもあるよなぁ」
元ラスボスのベテラン農家・徳川さんも、苦笑いしながら言った。
「まあ、農地を借りるっていうのは、地主さんとの付き合いも一緒について来るもんだからなぁ」
その言葉を聞いて、僕は心から納得した。
新規就農したばかりの頃は、「貸してもらえるだけでありがたい」と思っていた。だから農地を探すときにも、広さ、水はけ、立地、賃料といった、分かりやすい条件ばかりを気にしていたのだ。
けれど、農地を長く貸してもらうためには、それだけでは足りない。地主さんがその土地にどんな思い入れを持っているのか。どれくらいの期間貸すつもりなのか。ハウスなどの設備を建ててもいいのか。そうしたことまで、契約の前にきちんと確認しておく必要がある。
一見すると良さそうな農地の話が増えたからといって、何でも引き受ければいいわけではないのだ。
耕作放棄地を前に途方に暮れていた頃とは違った悩みに直面した僕は、また一つ、農家としての学びを深めたのだった。
レベル41の獲得スキル「農地を借りる際は、地主との相性も大事なポイント」
農地を借りる際には、広さや水はけ、立地、賃料など、土地そのものの条件に目が向きがちだ。しかし実際には、地主がどの程度の管理を求めているのか、契約をどのくらい続けられるのかといった条件もまた、営農を続けるうえで重要なポイントになる。
もちろん、地主にとって農地は長年守ってきた大切な財産であり、「きれいに使ってほしい」「これまでの地域との関係も守ってほしい」という思いがある。一方で、農家にも作業効率や営農計画がある。認識がずれたまま借りてしまえば、後になって余計な手間やトラブルにつながることもあるのだ。
だからこそ、農地を借りる前には、土地の状態だけでなく、地主の希望や利用条件まで具体的に確認しておきたい。「どんな畑か」だけでなく、「地主がどんな使い方を望んでいるのか」まで含めて考えること。それが、長く安心して農地を使い続けるための鍵になるのだ。


















