パティシエから農業の世界へ
實川さんが就農したのは21歳のときだ。それまではケーキ屋でパティシエとして働いていたが、父親のケガをきっかけに実家の農業を手伝うようになった。
「元々は父のケガが治るまでの期間限定のつもりでした。でも実際に農業をやってみたら楽しくて、本格的に取り組もうと思ったんです」
当時の實川さんの実家では、コメを中心にネギやジャガイモ、ダイコンなどの野菜を栽培していた。
しかし、就農初年度、ダイコンの価格暴落を経験することになる。
「出荷すればするほど赤字になる。まさに豊作貧乏という状態でした。良いものができているにもかかわらず、利益につながらない。その状況を変えるためには、自分たちで価格が決められる作物が必要だと考えたんです」
そこで目を付けたのが梨だった。千葉県は全国有数の梨産地である一方、同地域には梨農家がほとんどおらず、周辺に需要が見込めると考えた。また、県の普及員から梨栽培をすすめられたことも後押しになったという。
こうして實川さんは就農してわずか1年余りで梨事業に挑戦することを決意した。
素人でもできる仕組み作り
しかし、梨事業を始めるにあたって大きな課題があった。それは、實川さんを含め、園内に梨栽培の経験者がいなかったことだ。果樹栽培は「職人の世界」とも言われ、一人前になるまでに長い年月がかかる。
そこで實川さんが目指したのは、経験や勘に頼らず、誰でも高品質な梨を栽培できる仕組み作りだった。取り入れたのが、一般的な「4本主枝一文字仕立て」ではなく、「2本主枝一文字仕立て」という珍しい栽培方法である。
「4本主枝の場合は木の形が複雑になるので、覚えるのも教えるのも大変です。2本主枝なら樹形がシンプルになり、誰でも作業しやすくなります」
一方で、2本主枝は木のコントロールが難しいという課題もある。余計な枝が伸びたり、反対に必要な場所へ枝が出なかったりするためだ。そこで同園では接ぎ木技術を活用し、不足する部分に枝を作りながら、枝の配置を等間隔になるよう整えている。
さらに特徴的なのが、複数品種を組み合わせる独自の栽培方法だ。例えば、樹勢が強い豊水の木に、実の大きくなる「かおり」を接ぎ木することで樹の勢いを調整している。
「元気が有り余っている木に負担のかかる品種を組み合わせることで、全体のバランスを整えています」
こうした独自の工夫によって、経験の有無に左右されにくい栽培体系を構築するとともに、高品質な梨づくりを実現している。

2本主枝一文字仕立てで素人でもできる仕組みに
50品種の栽培が生む価値
同社の特徴はなんといっても約50種類という品種の多さである。
幸水や豊水などのなじみのある品種から、秋麗やかおり、秋満月などの珍しい品種まで多数そろえている。
「千葉県の梨農家の中で私は最後発組。皆が作っている品種を作っていては新規のお客様の獲得にはつながらないと思ったんです。皆さんが取り組んでいない変わった品種を作れば、お客様を呼び込むきっかけになりますし、私自身も変わった品種を食べてみたかったし、育ててみたかったという思いもありました」
そして実際に多数の品種を販売することで實川さんが気づいたのが「お客様の好みは人それぞれ」ということだった。
例えば、硬めが好きな人もいれば柔らかめが好きな人もいる。とことん甘いものが好きな人もいれば、甘さと酸味のバランスがいいものが好きな人もいる。
好みの多様性がある中で、「いつ来てもあなた好みの梨が見つかる」というコンセプトが多くのファンを呼んでいるのだ。

梨ではなく価値を届ける
直売率100%の販路の内訳は直売所やオンラインショップを始め、道の駅やスーパーへの契約販売など多岐にわたる。
その中で實川さんが心がけているのが、道の駅など卸先の店員さんにまずファンになってもらうということ。
「道の駅一つにしても梨がたくさん並んでいるわけです。お客様もどれを選んだらいいかわからなくて店員さんに聞くんですよね。その中で店員さんにうちの梨のファンになってもらえてたら、真っ先におすすめしてくれるんです」
では、ファンになってもらうためにどうしているかと言うと、代表である實川さん自ら梨を道の駅へ配送しているのだ。
「当然情報も付け加えて運んでいますし、店員さんとのコミュニケーションも大切にしています。私たちは梨を運んでいるのではなく、価値を運んでいるんです」
単なる配送にとどまらず、店員さんとの対話を重ね、信頼関係を構築。こうした地道な努力が積み重なり、今では1日に3回補充に行くほどの人気ぶりだ。
果樹業界の未来を見据えて
ゼロから梨栽培を始め、素人でもできる仕組みとオリジナルの栽培方法を確立。そして多岐にわたる販路で直売率100%を実現。
独自の経営で急成長してきた同社は今後、どのような未来を描くのだろうか。
「農家の担い手不足や高齢化はご存じの通りだと思いますが、特に果樹業界は酷い現状で縮小しているんです。原因の一つは果樹農家は家族経営が多く、法人化が少ないこと。もう一つは機械化が進んでいなくて手作業が多いことです。だからこそ、機械化や栽培方法を見直すことにより、少ない労働力でたくさんの面積をこなせる仕組みを作っていきたいと思っています」
目指すは現在の10倍となる21ha。果樹業界が抱える課題の解決に向けた挑戦は、まだ始まったばかりだ。
取材協力:株式会社アグリスリー















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