【プロフィール】教えてくれた人
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折笠俊輔さん 流通経済研究所 早稲田大学商学部卒。新卒で入った会社では、自動車などの工場を回る営業を担当。農家だった祖父の影響もあり、農産物の流通が抱える課題に関心を持って現在の研究所へ。食品流通や産地づくりの調査・分析・コンサルティング・教育に携わる。 |
これ、当たり前だと思ってない?

実はこの風景、世界中どこでも当たり前ではない
みなさん、はじめまして。流通経済研究所の折笠俊輔といいます。畑でできた食べ物が食卓に届くまでの「流通」を、調べたり分析したり、ときには売り方を提案したりする仕事をしています。
正直に言うと、もともと農業にはそれほど関心がありませんでした。それでも今、仕事が面白くて仕方ないのは、食べることが、いちばん手軽な幸せだと気づいたからです。嫌なことがあっても、うまいものを食べれば機嫌が直る。しかも日本人は、無類の食べ物好き。パンに餡を詰めてあんぱんにし、パスタにたらこをのせ、カレーはごはんにかけてしまう。外国の料理まで自分流にアレンジする、工夫好きな国民です。
この仕事をやってみて分かったのは、食の世界はとにかく面白いということ。相手は生き物で、しかも毎日、誰もが関わる。こんなに身近で奥の深いテーマは、そうありません。今回はみなさんと一緒に農業と食にまつわる身近な疑問を整理していきます。
―― スーパーの野菜売り場には、いつ行っても同じものが並んでいますよね。
そう見えるかもしれません。実際に野菜の棚が空っぽということは、まずありませんよね。たとえばレタスが不作で高騰していても、隣にはお手頃なベビーリーフが並んでいて、「じゃあこっちにしよう」という選択肢が用意されています。だから、買いたくても買えないということが、今の日本ではほとんど起きません。実はこれ、すごいことなんです。

一つの野菜が不足しても、別の選択肢が並ぶ
―― 食料がなくなるなんて想像しにくいです。
昔は、そうではありませんでした。日本でもかつては、米が不作になれば飢饉が起き、人が亡くなり、ときには政治まで揺らぐことがありました。食べることは、人間の命に直結する営みです。私たちは、たまたま、その一大事が起きないことが当たり前の世界に生きているとも言えます。もし生まれた時代や国、環境が違ったらと想像してみると、この「当たり前」が、どれだけありがたいことか見えてきます。
売り切れないって、おかしくない?
野菜や果物も自然が相手の生き物です。天気や気温に左右されるのは当たり前なのに、スーパーにはいつも同じ商品が並んでいます。これって、実は結構すごいことじゃないでしょうか。
―― 農業は自然が相手なら、本当は不安定なはずですよね。
そのとおりです。自然のままなら、「いつでも、同じものが、同じ数だけ」なんてありえません。農産物は、工場の製品みたいに同じ材料と同じ手順で同じものを作ることはできないんです。いわば勝手に育つ生き物で、人間にできるのは、その育ちを手助けすることだけです。

これから旬を迎えるナシ。写真は、実の数を整える「摘果」の作業。農家はこうした手入れを重ねながら、果実の健やかな成長を支えている
―― たとえば、どんな手助けができますか。
スーパーにたくさんの野菜や果物が並ぶのは、人の知恵と技術が、その不安定さを埋めているからです。たとえば、化学肥料の発明にはじまり、農薬の開発、品種改良、ビニールハウスの環境制御など、人はどうすれば安定して作れるかをずっと追求し続けてきました。
旬じゃない野菜がある理由
夏野菜のトマトやナスが一年中棚に並んでいたり、春が旬のイチゴが年中食べられたり。多くの種類の野菜・果物が一年中手に入るのには何か裏がありそうです。
―― どうして、季節外れの野菜まで一年中あるのですか。
いちばん大きいのは、「産地リレー」という仕組みです。トマトだったら冬は九州、夏は千葉。他の野菜でもそうですが、どうしても日本で品薄になる季節には、海外からの輸入に頼ることもできます。こうして季節ごとに産地を切り替えていくので、棚には途切れずに同じ商品が並びます。
裏を返せば、切り替わっていくそれぞれの産地では、ちゃんと「旬」なんです。そこに、天候に左右されにくいビニールハウスなどの施設栽培、品質や育てやすさを調整する品種改良、足りない分を補う輸入などの工夫が積み重ねられています。

トマトの産地MAP。おおよそ熊本→関東→長野・北海道→熊本と産地でバトンをつないでいる※出典:中央卸売市場「野菜の産地リレー ~東京の野菜はどこから来る?~ (令和5年度データ)
―― そんなに手がかかっているんですね。
しかも、それを陰で支えているのが流通の仕組みです。日本には、全国から集めた農産物をうまく振り分ける「卸売市場」という仕組みがあり、これは世界でもまれなほど発達しています。売り場づくりや鍋セットなどのパッケージの提案をしているところもあります。小さな農家さんが多い日本では、誰かが束ね、つなぎ、必要な場所へ届ける役割が欠かせません。棚の「当たり前」は、産地と技術と流通の、合わせ技なのです。
日本の食料供給は、安定しすぎている
実は日本は、農業にとって決してやさしい国ではありません。にもかかわらず、これほど多くの種類で、品質のよい野菜や果物がそろっています。ここが、いちばん驚くところです。

施設栽培も安定供給を支える技術の一つ
―― 日本の農業は、恵まれているのですか。
むしろ逆です。国土が狭く、平地も少なくて、畑は細切れ。アメリカや中国のように、広大な土地へ大きな機械を入れて大量生産、というわけにはいきません。おまけに、地震も台風も多く、近年は天候の振れ幅も大きいですよね。担い手も不足していて、農家の数はこの20年ほどで激減しました。条件だけ見れば、かなり厳しいです。
―― それでも、スーパーにはいつも国産野菜・果物がたくさん並んでいます。
そこが、日本のすごさです。狭い土地を活かすために、同じ面積からより多く収穫する技術を磨いてきました。その水準は、実はヨーロッパを上回るほどといわれます。さらに、甘みや酸味、香りまで細かく調整する「味づくり」の技術は世界でもトップクラスで、日本の果物は海外でも「おいしい」と評判です。厳しい条件を、技術と工夫でねじ伏せている、と言ってもいいくらいです。だから、「安定していること自体が、すでにすごい」のです。

日本は大規模農業に向く環境ではない
でもこれ、本当に普通?
もし、いつものスーパーの野菜売り場が少し違って見えたなら、それはあなたが「当たり前の裏側」に気づいたということです。
―― 当たり前じゃない、とわかってきました。
そうなんです。自然が相手で、条件も厳しい。それでも毎日、同じように食べられる。これは決して「普通」ではなく、たくさんの人と技術が支えて、ギリギリのところで成り立っている状態です。しかも、この先も同じとは限りません。担い手が減り供給が減れば、国産の食材が値上がりしたり、国産のものが海外に高く買われて、日本で手に入らなくなる未来も十分に考えられます。いま食べられているものを、これからも同じように食べ続けられるか。言い換えれば、この「当たり前」は、持続可能なのか。それが、いま問われはじめています。

―― その「支え」って、誰がつくっているのでしょう。
作る人、届ける人、そして技術です。畑で育てる生産者、それを束ねて全国へ運ぶ流通、収穫量や品質を高める技術。いくつもの手がつながって、スーパーの棚は成り立っています。でも私がいちばん気になるのは、作る現場と、食べる私たちの距離が離れすぎたこと。収穫を体験したり、自分で育てたり、産地を気にしてみたり。すぐに私たちができることは、国産農産物を食べることです。その小さな一歩が、食と自分をつなげてくれます。

収穫体験も食と自分をつなぐ小さな一歩
―― 折笠さん、ありがとうございました。次回からは、この「当たり前」を支える現場を一つずつ深掘りしていきます。(取材・文=マイナビ農業企画制作部)



















