ネギの一大生産者が飲食に進出、お昼時以外も客でにぎわう
宇佐神宮の参道沿いに土産物屋や飲食店が軒を連ねる仲見世がある。この仲見世でひときわ目を引く緑色の看板を掲げているのが、葱屋おおくぼが経営する「ねぎ屋さんのねぎ焼き神宮店」だ。同社は大分のブランド小ネギ「大分味一ねぎ」を85棟のハウス、面積にして2.4ヘクタールで生産する。年間の出荷量は100トン近い。
1月下旬の昼下がりに店舗を訪れた。鉄板の上で焼かれるねぎ焼きがジュウジュウとおいしそうな音を立てていて、あたりに流れるいい香りにつられて観光客がのれんをくぐっていく。お昼時ではないにもかかわらず、店内は客でにぎわっていた。
「今はまだお正月の雰囲気が続いていて、観光客が多いんですよ」
店舗を手伝っている代表取締役の大窪さんがこう話してくれる。大窪さんは早朝、従業員と共にネギを手作業でハウス1棟分収穫する。それが終わると神宮店を手伝い、夜はやはり宇佐市内にある、「ねぎ焼き」や「ねぎしゃぶ」を提供する「鉄板バル葱屋」に立つ。
「最初は自分たちの作ったものを知ってもらいたいという思いからだった。JAの大分味一ねぎ生産部会の仲間たちと、イベントにねぎ焼きの店を出したのが始まり」
大窪さんはこう振り返る。

ねぎ焼きにはネギをふんだんに使う。「ねぎ屋さんのねぎ焼き神宮店」で
そもそもねぎ焼きは、大分ではあまりなじみのない食べ物だった。イベントでネギを使って何の店を出そうかと考えたときに、神戸出身の知人から「ねぎ焼きがいいのでは」と勧められた。そこで大窪さんたちは実際に関西でねぎ焼きを食べ、これはいいと確信。20年ほど前からイベントでの出店を続け、2005年には店舗を構えるまでになった。
仲見世への出店はその2年後。ちょうど仲見世の店舗に空きが出て、大窪さんに声がかかったのだ。大窪さんは以前から「地元で人が一番集まるのは、ここ宇佐神宮。観光客もお客さんにしながら、地元の味として食べてもらえたらいいな」と思っていた。そのため、二つ返事で出店を決めた。
農家自ら経営するだけに、取れたてのネギをふんだんに使う。
「ここで飲食店を経営することで、大分味一ねぎの認知度向上にちょっとは貢献できたかなと思っています」(大窪さん)
宇佐市を含む大分の県北地域では鶏肉のからあげがソウルフードだが、「大分味一ねぎのねぎ焼きも、宇佐市のソウルフードにしたい」と意気込む。
「ねぎしゃぶ」を推す背景にカットネギとの競争
2店舗ともに扱うメニューに、ねぎ焼きのほかに「ねぎしゃぶ」がある(ただし神宮店は要予約)。宇佐市内の老舗旅館が考案した大分味一ねぎの食べ方で、だしのきいた鍋にネギをさっとくぐらせて食べる、ネギのしゃぶしゃぶだ。生産者も皆大好きな大分味一ねぎの最もおいしい食べ方だという。ふつうのしゃぶしゃぶは豚肉が主役だが、ねぎしゃぶの主役はあくまでネギ。豚肉はネギを包んで湯をくぐらせ、ネギのうまさを引き立てる名わき役という位置づけだ。

ねぎしゃぶ(画像提供:葱屋おおくぼ有限会社)
「生産部会でも、大分味一ねぎをできるだけ『ねぎしゃぶ』でアピールしていこうということになっているんですよ」(大窪さん)
小ネギの使い方として一般的なのは、刻んで薬味に使うこと。もちろん、薬味としても使ってほしいのだが、大窪さんは「『食べるねぎ』という部分を伸ばそう」としている。なぜかというと、薬味としての使い方で勝負したのでは、どうしてもスーパーでの販売でパック入りのカットネギに押される状況になっているからだ。
「カットネギは、袋をパッと開けて料理にパッとかけたらOKという手軽さがあるじゃないですか。小ネギはこれまで長いまま売られていて、産地同士でライバル意識を持って作ってきたんですけど、いまや競う相手がカットネギになっています。消費者に『長いネギを刻んで食べた方がおいしいから買って』と言っても、やっぱり便利さに勝てないんですよね」(大窪さん)
そこで、生産部会では「ネギを長めに切って、炒めても、ゆでても、電子レンジでチンしてもおいしく食べられる『新しい食べ方』を知ってもらわないと消費が広がらない」と考えている。
そういった部分を「うちの飲食店を使って、長めに切ったネギを使った料理を出しながら、食べ方や味を知ってもらいたい」と大窪さんは言う。

加工品の「ねぎねぎ団 ねぎ味噌(みそ)」にはトウガラシをきかせた「レッド」、甘めの「グリーン」、黒豚の肉みそを加えた「ブラック」がある。ひたいに「ネ」と書かれたキャラクターは、「ねぎ好き人間を増やす」という使命を帯びた秘密結社「ねぎねぎ団」のメンバーというコンセプトだ
大分市に3店舗目をオープン
大窪さんが家業の農業を手伝い始めたころ、主要な作物はコメとムギで、ネギはハウス27棟分、面積で76アールだった。ネギの生産を任された大窪さんは、その面積を徐々に広げていき、今ではコメ、ムギは作付けせず、ネギの生産に注力する。
葱屋おおくぼの売り上げのうち、飲食店の比率はおよそ25%。コロナ下の今も飲食店事業は「まずまずです」とのことだ。
「ただここ数年、ネギの生産部門の成績が落ちていて、自分の圃場(ほじょう)管理がおろそかになっていたところがありました。今回のコロナ禍で飲食部門が厳しい状況なので、今一度、生産部門をしっかり見直そうと考えています」
こう話す大窪さん自身、コロナ禍以降は飲食店は手伝う程度にし、生産の方に力を入れている。
なお、飲食事業では新店舗のオープンを間近に控えている。大分市に“ねぎ料理と宇佐のおいしい酒”を楽しめる「鉄板バル葱屋 大分竹町店」を開店予定だ。
「新しい店でも、“ねぎ”をしっかり食べて、味わってもらいたいですね」
おいしい食べ方を消費者に直接提案する大窪さんたちの挑戦は続く。