【プロフィール】教えてくれた人
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及川智正さん 株式会社農業総合研究所 代表取締役会長CEO 東京農業大学卒。会社員を経て和歌山県で新規就農。キュウリ生産者を経験したのち、2007年に農業総合研究所を創業。全国の生産者が自分で野菜の値段を付けて、スーパーの産地直売コーナーで販売できる仕組みを築いた。 |
最近、野菜って高くない?
みなさん、はじめまして。農業総合研究所の及川智正といいます。全国の生産者が育てた野菜を、スーパーの産地直売コーナーで販売する会社を経営しています。
私も前職は、キュウリの生産者でした。毎日汗をかいて収穫しても、市場に出したあとは、誰が食べてくれたのかわからないし、「おいしかった」の一言も返ってきません。なんか寂しいですよね。
「作るだけが農業じゃない。食べてもらうまでが農業だ!」そう思って、19年前、たった一人で資本金50万円で会社を立ち上げました。この会社を通して、今では約1万人の生産者が自分の名前で野菜をスーパーに並べています。農業は、やり方次第で、ちゃんと稼げるし、とびきり面白い仕事です。今日はそんな話を、みなさんとしていきたいと思います。
――最近、野菜が高いというニュースを見ました。

スーパーに並ぶ野菜の値段からは、農業や流通のさまざまな変化を読み取ることができる
実は、野菜の値段は、それほど上がっていないんです。たしかに多少は上がっていますが、卵やお米に比べると、値上がりの幅はずっと小さい。ニュースで「レタスが1玉いくら」と大きく報じられると高い印象が残りますが、一年を通して見れば、野菜はかなり安く買えるものなんです。むしろ私は、「安すぎるくらいだ」と思っているほどです。
――安すぎるとは、どういうことですか。
たとえばホウレンソウは、プランターでも育てられそうですよね。でも、実際にやってみるとなかなか大変です。毎日水をやって、虫や病気に気をつけて、何週間も世話をする。それでも、やっと採れたのは小さかったり形が悪かったり。しかも食べてみると、なんだかかたくて、おいしくない。見た目も味も、きちんと育てるにはプロの技術が必要です。それだけの手間をかけたものが、スーパーではたったの100円ほど。安くないですか。この「安いのが当たり前」が、実は農業を難しくしているんです。そもそも野菜の値段はどう決まるのか。そこから話していきましょう。

当たり前のように店頭に並ぶ野菜の裏には、生産者の日々の努力がある
なぜ、値段は変わるのか
同じ野菜なのに、高いときもあれば、安いときもある。この値動きには、工業製品とはまったく違う仕組みがあります。
――野菜の値段は、どうやって決まるのですか。
ものの値段は、作るのにかかった費用を積み上げて決まると思う人が多いのではないでしょうか。種や肥料にこれだけかかったから、その分をのせていくら、というふうに。でも、農産物は違います。値段を決めるのは、たったひとつ。「ほしい人の量」と「市場に出回る量」の綱引き。つまり、「需要と供給のバランス」です。たくさんとれれば安くなり、とれなければ高くなる。それだけなんです。今、種も肥料も燃料も、運ぶ費用も値上がりしています。それでも野菜の値段があまり上がらないのは、生産者がその負担をかぶって、ギリギリで踏ん張っているからでもあるんです。
――値段が安い野菜と高い野菜は、どう違うんですか。
実は、値段が安いときほど、野菜はおいしいんですよ。たくさんとれるのは、天気が良かった年。天気が良ければ、味も良くなります。逆に、不作の年は高くなり、野菜の出来もいまひとつなんです。これって、ふつうの買い物とは逆でしょう。しかも、とれすぎると値段がぐんと下がって、生産者の手取りが減ってしまう。豊作なのに儲からない「豊作貧乏」も起きます。畑でキャベツをつぶす、というニュースを見たことはありませんか。あれは、運ぶ費用のほうが高くつくから、出荷したくてもできないんです。

出荷しないキャベツはトラクターで潰すことも
食生活が変わると、必要な量も変わる
野菜の値段は「需要と供給」で決まることがわかりました。実はこの「需要」が、私たちの食べ方次第で大きく変わっていきます。
――食べ方で、需要はどう変わるんですか。
みなさんは、毎日お米を食べていますか。パンやパスタの日も、多いのではないでしょうか。日本人の食生活は、この数十年で大きく変わりました。お米を食べる量は減り、肉を食べる量は増えた。ここで見落としがちなのが、肉の裏側です。牛は、草や穀物をたくさん食べて育ちます。だから牛肉をたくさん食べる国では、人が食べるぶんとは別に、牛のエサになる作物も大量に必要になります。つまり、食べ方が変われば、その国や地域で必要になる作物の種類も量も、まるごと変わっていくんです。

高度経済成長期以降、日本人の食生活は大きく変わってきた(出典:農林水産省「aff」2023年2月号 数字で学ぶ「日本の食料」
――それを誰かが調整しているんですよね。
それが、していないんです。日本に何人の人が住んでいて、野菜の種類ごとに一年でどれくらい必要か、本当は計算できそうなものですよね。でも、「じゃあ、何をどれだけ作ろう」と全体を見て決める司令塔は、どこにもいないんです。だから、作りすぎて値崩れしたり、足りなくて高騰したり、というブレが、どうしても出てしまう。私たちが「当たり前」と思っている供給は、実はいつもギリギリのところで揺れているんです。
気候変動で、作れる場所が変わる
需要だけではありません。作る現場も大きく揺らいでいます。とくに影響が大きいのが、気候変動です。
――気候変動は、農業にどんな影響をおよぼすのですか。
大きく二つあります。ひとつは、作物の育つ場所が動いていること。わかりやすい例が、みかんです。暖かい地域で作られてきたみかんの産地は、年々北上していて、和歌山では、みかん畑を熱帯が原産のアボカドに切り替える動きまで出てきました。今までとれていた場所で、同じものがとれなくなる。それが、現実に起きています。

宮古島で栽培されているアボカド。一部の産地では、気候の変化に合わせて栽培する作物の転換が始まっている
――とれなくなるのは、気候だけの問題でしょうか。
いいえ。もうひとつは「人」の問題です。これだけ夏が暑いと、そもそも外で農作業ができません。炎天下で何時間も畑に立つのは、命に関わります。作物が育つ環境も、それを世話する人の環境も、どちらも厳しくなっている。暑さは、これからの農業にとって、大きな壁になっていくと思います。
日本の「すごい」はいつまで続く?
少し不安になる話が続いたかもしれません。でも及川さんは、最後にこう言い切りました。「今は、農業にとって、すごくいい時代なんです」。
――日本の農業の技術は、高いと聞きます。
はい、世界でもトップクラスだと思います。ただ、「技術が高い」といっても、何をもって技術と呼ぶかは難しい。ひとつ言えるのは、日本の農業は、とても不利な条件のなかで戦ってきたということです。海外には、広い土地で、乾燥していて虫も少なく、それほど手をかけなくても作物が育つ場所があります。日本は逆で、狭くて分散した畑で、手間ひまをかけないと育たない。その中で、いかに少ない面積からたくさん、質の良いものを収穫するか。この「生産性」を上げる工夫を積み重ねてきました。ただ、近年は気候変動や人手不足など、これまでとは状況が変わってきています。今の強みが永遠に続く保証はありません。

――それでも、いい時代なんですか。
はい、そう思っています。農業って、地味で儲からない、というイメージがあるかもしれません。でも今は、まったく違います。昔は、いかに良いものを作るかという技術を競う時代でした。でも今は、それをどう売るか、どう続けていくかという経営の時代です。アイデア次第でちゃんと儲かるし、面白い。知り合いにも、若くて、私より稼いでいる生産者がたくさんいます。こうした挑戦を続ける生産者を支えるのは、最終的には消費者のみなさんです。
だからこそ、みなさんにお願いがあります。まずは、日本のもの、地元のものを食べてみてください。ドイツの友人が、こんな話をしていました。「地元のリンゴを買うのは、リンゴ畑の風景を守るためだ」と。みなさんが地元の野菜を選ぶ。その小さな選択が、産地の風景を守り、日本の食を未来へつないでいくんです。

地元で育った農産物を選ぶことが、地域の農業と食の未来を支える力になる
――及川さん、ありがとうございました。次回は、その食を守るために、農業の現場ではどんな工夫や技術を積み重ねているのか、さらに近くでのぞいていきます。(取材・文=マイナビ農業企画制作部)



















